パチンコ・パチスロ依存の境界線はどこにあるのか?

どうも。

普段からパチンコ好きの同僚が「攻略本」と称して色々な機種の小冊子(パチ屋に置いてある機種のパンフレット的な)を僕のところに持ってきてくれます。

持ってきてくれます、というか頼んでは無いんですが。

「この機種どう思う?」というニュアンスなんだろうとは思っています。あ、その人はオカルターなのでスペックうんぬんでは無く面白さ的な感じですね。「打ってないから知らん」、とあしらうわけですけども。

いつもはサラサラ「これはこういう意味で…うんぬん」とひとしきりページをめくり解説した後、廃棄するんですがふと目にとまることがあったので記事にしてみます。

適度なパチンコ・パチスロを考える

小冊子の裏側

こういった小冊子の裏側には関連するアプリの紹介なんかが主だったと記憶しているのですが、最近では依存症問題に関する機関の広告的なものがデカデカと載っているものも見受けられるようになりました。

ちなみに今回見たのは「CRA蒼天の拳 天帰」ですね。個人的には気になっていた機種なので持ってきてくれてちょっと嬉しかったのは内緒w

パチンコ・パチスロに関しては射幸心が削られる規制が続きまくり「もうパチ・スロに必死になるバカはいねぇよww」と話題になっているはずなのに、こういった依存問題の解消を目的とした広告もよく目にします。

やはり一部の方にとっては時代がどうであれ、お金がかかっている(色んな意味で)という一点のみで心をとらわれているんだろうな、と言った次第です。

境界線はどこにある?

以前僕も依存度診断として少々雑ではありますが記事にしてみたことがあります。

↑よろしければヒマ潰しにw

このギャンブル依存症についての境界線というのは一見簡単に引けるかと思われがちですが、実は気付くことが非常に難しいことなんです。

自分の依存度がどれぐらいなのか?ということですね。

「まだまだ大丈夫!いつでも戻れるさ」とあなた自身が思っていたとしても実は周りの人からすれば「ちょっとあの人やばくない?」となってしまっているかもしれないんです。

一部抜粋

「もしひとつでも当てはまるなら、あなたの遊戯は、もう”適度”を超えてしまっているかもしれません」として簡単なチェック項目がありましたので注意喚起の意味も込めて抜粋させていただきます。

  • パチンコをするためにウソをついた
  • 使ってはいけないお金を、使ってしまった
  • 負けを取り返そうとして、
    途中で止められなくなった
  • やり始めると、時間や金額が
    分からなくなってしまう
  • パチンコをするために、お金を借りた
  • パチンコが原因で、大切な人と
    ケンカになった

引用元:リカバリーサポートネットワーク

こうして眺めてみると、「パチンコ好きなヤツからすればデフォだろ?w」と思ってしまいますが実はそれ自体やばいということに気付けていない、ということですね。

正直これが1個でも当てはまらない人が「パチンコ・パチスロ好きです」と答えるか?とすら思ってしまうという…w

僕自身もかなり異常な過去を持っていたんだな、と再認識させられました。

相談することの大切さ

当ブログにおいても何度かお話していますが、依存症状態の人に本当に大切なのは自分の今現在ありのままの状況と自分自身の心情を誰かに聞いてもらうことです。

たぶん「これしか方法は無い!」という状態で自分自身の判断のみで行動しどんどん泥沼にハマっていっているという状況が僕の過去の経験からも容易に想像出来ます。

第三者の視点で「こうすれば良いんじゃない?」と言ってもらうことは本当に人生を変えるための道標となってくれるはずです。

ただめんどくさいことに、依存症患者のほとんどは「お前にオレ(私)の気持ちがわかるはずない!!」となってしまうことがデフォですので。

こうして僕もブログという形でひと肌脱いでおるわけです。

「お前に依存者の気持ちがわかるか!」「何しようが勝手だろ」「誰にも迷惑かけてない」「試合前から負けること考えるやつがいるかよ」

等々様々な文句が思い浮かびますが結局はその語尾に「…なのでお金かしてください、パチ屋に行かせてください」というのが付け加えられます。心の中で、ですが。

行きたいという気持ちがそういったセリフを吐かせているので、そのセリフが出るということが禁断症状であると自覚出来れば、まず一歩前進といったところでしょうか?

まとめ

偉そうに言った所で、僕個人ではなんも出来ないペーペーですのであまり熱くならないでくださいww

過去に失敗があって今思い返してみると、「本当にアホらしいことだった」という一言で一蹴出来てしまうほどつまらない人生を送ってきました。

「パチンコ・パチスロに熱くなることがアホらしい」と感じるのは一つの方向からだけではありません。あらゆる方面から見て熱くなるのはアホらしい、でも楽しむ分には全然問題無いと言う結論に行き着いたわけですので。

その辺ももっとしっかり語っていければ良いかな、と思います。

最後になりましたが、僕は依存症をバカにしているわけではありません。アホらしいことにとらわれやがって、とも思っていませんし、依存者の方を下に見ているということはありません。

依存症から自力で抜け出すことがどれほど苦痛で、どれほど困難かも過去の経験から十分理解しています。

それを知った上で、自力で何とかしようとするあなたへ…例えるなら何度も何度も転げ落ち、傷つきながら「なんで登れないんだよ!」と立ちふさがる崖に苦心しているあなたへ「…あの…言いにくいんですけど…あっちに階段ありますよ。」と教えているイメージで色々書いております。